貨幣状湿疹、皮脂欠乏性湿疹、うっ滞性皮膚炎、硬化性脂肪織炎、静脈瘤 下肢は心臓から最も離れている大きな器官であり、起立時の下肢の血液を心臓に戻すには大きな力が必要となります。心臓の収縮だけでその力を全てカバーすることは困難ですが、それを補うのが下肢の筋肉の収縮力です。歩行時に、筋肉が収縮する力が下肢の静脈流やリンパ流を心臓に戻す助けになります。「下肢は第二の心臓」と言われるのはこのためです。ところが、年齢を重ねると筋肉の収縮力が弱くなり、また、血管も老化して脆くなります。その為、高齢になると下肢の血行不全を引き起こすことが多くなります。 下肢の静脈流は、表在性と深在性に分けられます。大部分の静脈流は、深在性静脈を通って心臓に戻りますが、一部は表在性静脈を流れます。表在性静脈と深在性静脈の間には多くのバイパス(穿通枝や交通枝)が通っています。血管は老化して穿通枝や交通枝が塞がると、表在性静脈流が深在性静脈流に合流できなくなり、皮膚に貯留するようになります。これが、静脈瘤となっていきます。糖尿病や高脂血症の合併症がある方は血管の老化が進行しやすく、そのために静脈瘤などを形成して下肢の血流不全を起こしてしまいます。女性に静脈瘤が多いのは、女性ホルモンの関与や妊娠時の血管圧迫による血流不全が関与しますし、立ち仕事の多い方に静脈瘤が好発するのは下肢の筋肉の収縮が少ないためです。 【貨幣状湿疹】 病因:ほとんどの場合、病因は不明ですが、冬に多い病気であり、皮膚の乾燥が関与すると考えられます。また、虫刺されなどをきっかけとして、引っ搔くことで湿疹が長期間続くことも要因の1つと考えられます。年をとると皮膚の油(皮脂)が出にくくなり、皮膚は乾燥しやすくなります(乾燥肌)。特に、ストーブやエアコンなどを使用すると皮膚の乾燥はひどくなります。皮膚の乾燥が続くことで痒みが続き、やがて治りにくい湿疹がでるようになります。 臨床:直径1〜2cm程度の円盤状(コイン大)の紅斑および落屑を認め、時には痂疲の付着を伴います。周囲には色素沈着や紫斑を合併する場合もあります。痒みが強く、四肢、特に下腿に起こりやすいのが特徴です。
治療:病変部については、ステロイド剤の外用を行い、症状に応じてかゆみ止めの内服を併用します。掻く行為が続く限り症状は落ち着きません。乾燥性湿疹を合併する場合には適宜、保湿剤を併用します。 【皮脂欠乏性湿疹】 病因:皮膚の乾燥。年をとると皮膚の油(皮脂)が出にくくなり乾燥しやすくなります。冬は夏に比べて空気が乾燥しています。さらにストーブやエアコンを使用すると空気の乾燥は一層ひどくなり、皮膚の乾燥も悪化します。 臨床:四肢、特に下腿に起こりやすい。赤み、落塵(らくせつ)をみとめ、強いかゆみを伴う。その形よりちりめん様皮膚といわれることもあります。乾燥がひどくなると炎症や細菌感染が起こり、湿疹(皮脂欠乏性湿疹)に進行します。
治療: @ 保湿剤外用 (ア) ヘパリン類似物質含有軟膏(ヒルドイド®、ビーソフテン®など) (イ) 尿素軟膏(パスタロン®、ウレパール®など) (ウ) 油性軟膏(プロペト®、白色ワセリン、亜鉛華軟膏など) A 副腎皮質ホルモン(ステロイド)剤外用:湿疹の状態になると保湿剤の外用だけでは症状の改善は難しくなります。@の保湿剤と混合したり、併用したりすると痒みを止めるのに有効です。 B 抗アレルギー剤内服:痒みが強い時に併用する。 C 加湿:室内を加湿することで皮膚の乾燥を抑制します。 予防:皮脂欠乏性湿疹は、冬になると毎年繰り返すことが多いため、気温が下がってきたら早めに保湿剤を塗って予防しましょう。保湿剤は、入浴後に皮膚が乾燥する前に塗るとより効果的です。 【うっ滞性皮膚炎】 病因:皮膚表面の血流が滞り、皮膚に慢性的な炎症を起こした状態です。深部静脈血栓症や静脈弁不全、静脈瘤などによって深部静脈の流れが悪くなり、その影響で、表在性静脈の静脈圧も上がることで皮膚の炎症を起こします。慢性的なうっ滞性皮膚炎の場合には時に皮膚潰瘍を形成することもあります。 臨床:下腿に好発し、むくみ(浮腫)や静脈瘤が合併することが多い。紅斑、落屑、色素沈着などを起こし、しばしば下腿潰瘍を合併します。
治療:皮膚の炎症については、ステロイドや保湿剤の外用を行いますが、静脈の血流不全が強い場合には、圧迫包帯や男性ストッキングなどの治療、手術による静脈瘤の改善が必要になります。 【硬化性脂肪織炎】 病因:うっ滞性皮膚炎が慢性化して皮膚及び脂肪織が硬くなった状態です。膠原病など全身疾患に伴って起こることがありますが、大部分は糖尿病や高脂血症などの合併症があります。 臨床:下腿伸側を中心に、皮膚の浮腫、紅斑および色素沈着を主体とし、表面は硬くなり、弾力が無くなる。圧痛がある場合もあるが、大部分は軽い痒みのみを訴えます。 治療:ステロイドの外用を長期間続けることで軽快はしますが、加齢的な要因があるため、完全に治る可能性は低い疾患です。 治療:うっ滞性皮膚炎と同様で、ステロイド外用と保湿剤外用が主体となるが、難治であり、長期間の外用療法が必要となる。 【静脈瘤】 病態:下肢の静脈は皮膚表面にある表在静脈と筋肉の間を動脈と並行して走る深部静脈があります。その間はバイパスでつながっており、皮膚の表面の静脈血は表在静脈→バイパス→深部静脈と流れて、鼠径部から大静脈へと流れていきます。その途中で、静脈が詰まると皮膚の静脈血は心臓に戻れなくて皮膚表面に溜まってしまい、結果として静脈圧が上がり、膨れてきます。これが静脈瘤です。血管が詰まる原因として、静脈の弁不全や血栓、塞栓などいろいろな病態があります。ただし、多くの場合には糖尿病や高コレステロールなどによる血管や静脈弁の劣化(老化)によって静脈が詰まります。静脈瘤には詰まっている静脈の部位や程度によって色々な臨床があります。 また、下肢静脈瘤がある場合には周囲の皮膚にはうっ滞性皮膚炎や貨幣状湿疹、皮脂欠乏性皮膚炎などの色々な皮膚病が合併します。 治療:クモの巣状静脈瘤などの軽症の場合には注射による硬化療法などの適応になることもある。ただし、重症の静脈瘤には手術などの根本的な治療が必要です。初期は弾性ストッキングや弾性包帯などで軽減する場合もあります。 皮膚病変については、ステロイドや保湿剤の外用と抗アレルギー剤の内服などの対症療法が主体となります。 保湿: 下肢を中心とした皮膚疾患の大きな原因は、皮膚の乾燥によるものです。皮膚の乾燥を防ぐために、皮脂腺から油(皮脂)が分泌されていますが、皮脂腺の活動は年齢とともに低下していきます。それを補うためには油性成分の外用を中心とした保湿を適度に行うことが必要となります。保険適応がある保湿剤には様々なものがありますが、ヘパリン類似物質を含むものが最も効果的とされています。 |